2011年04月01日

赤ジャージ作品展8


実は僕、詩を描いたりもするので、たまには詩を描きます!
と言う事で始まった、赤ジャージ作品展。
今回はその8回目です。

「苦労した人ほど、よく笑う・・・。」

人は、ただ楽しいから笑うのだろうか。それとも、寂しさを紛らわせる為に笑うのだろうか。

でもきっと、そのどちらでもない。

本当は、いま目の前に居る人を笑顔にしたいから笑うのではないでしょうか。

本当は、みんな寂しくて、泣きたくて、下を向いていたいんだけど、その気持ちをみんなが知っているから、笑顔が無くなってしまわないように、今日も笑っているのではないだろうか。

「笑顔の連鎖反応」
笑顔は伝染するのです。
朝、あなたが誰かに向けた笑顔が、街を一周して、夕方には、誰かからあなたにその笑顔が返って来ます。
それは、それはそれは遠い昔、この世界で初めて笑った人からずっと伝染している笑顔です。
どこかで誰かが落ち込んでいても、どこかで誰かが笑顔でいてくれます。その笑顔が伝染してきて、落ち込んでいた人は笑顔を取り戻せます。
でも、そこで笑顔を止めてしまったら、伝染がストップしてしまいます。だから、この世界から笑顔を消滅させない為に、笑顔を貰った人は、次の人に笑顔を繋げなければいけないのです。

一人・二人・・三人・・・

出来るだけ沢山の人に笑顔を繋げましょう☆
あなたの笑顔が、どんどんどんどん伝染していって、いつか、世界中の人々が一斉にみんな笑顔になったら、この地球は、他のどの星よりもイチバン輝く星になれる☆
宇宙人さえも、宇宙船の中でお腹を押さえて笑うはず。

心からほほ笑めば、誰一人として、それを受け入れてくれない人なんて居ないのです。
「笑い事じゃないですよ」なんて、ちっぽけな事を言っている人だって、きっと笑ってくれるはず。

世界は広いんです。宇宙は広いんです。
小さな事なんです。どうでもいい事なんです。
いつかはみんな死んでしまうのですから、難しい事を考えずに、笑いましょう!

お婆ちゃん子だった僕。ある日、親に尋ねました
「なんでお婆ちゃんの顔は、あんなシワくちゃながぁ?」
すると親が言いました
「あんたの為に、いつも笑ってくれるけんよ」

願わくば、これを読んだあなたが、今笑顔であれば嬉しいです。
そして、その笑顔がずっと伝染して、この世界に少しでも笑顔が増えたなら、何よりです・・・。


プレゼンツ
BY
赤ジャージの詩人・河野広

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2011年02月21日

赤ジャージ作品展9


実は僕、詩を描いたりもするので、たまには詩を描きます。
と言うような事で始まった「赤ジャージ作品展」今回はその9回目です。

「あなたの周りに居る、好きな人の数が、あなたの心の広さなんです・・・。」

酷な言い方をすれば、自分の周りには好きな人が居ない、寧ろ、嫌いな人しか居ないと思っている人。そんな人の場合、往々にしてその人自体に原因がある場合がほとんどであると思います。

人を嫌いになる理由は、まず気に入らないからです。次に、気に入らない事を言われたりされたりするからです。
しかし裏を返せば、それはそれを許せない自分自身に憤慨していると言う考え方も出来ます。結局、それを許せないのは自分にそれを理解する脳が無い事と、許す余裕が無いからです。
そのような状態では、どこへ行っても折角知り合った人をまた嫌いになるだけです。
極めて寂しく、無駄な事です。

自分が変わらなければ、世界は変わらないのです。

いつまでも同じ場所に立っていても、景色は変わりません。しかし自分が動けば、景色は一瞬の内に変わります。
人を理解し、人を許せば、重たかった足が軽くなります。
人を好きになり、人を受け入れれば、重たかった体が軽くなります。
人を許せる大きな余裕を持てれば、いつかは空を飛べます。
今まで見えなかった、広い世界が見えます。

今の日本に最も必要なモノ。
それは、人を許せる余裕です・・・☆

ラヴandピース
OH YEAH!!

プレゼンツby
赤ジャージの詩人・河野広
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2011年02月13日

赤ジャージ作品展10


実は僕、詩も書いているので、たまには詩を書きます。
と言う事で始まった赤ジャージの詩人作品展。今回はその10回目、ファイナルです。
今回紹介する詩は、約九年前、僕が赤ジャージの詩人として路上を始めた18歳の頃に書いた詩です。

「たくさん泣いてたくさん笑った、理由なんかあんまし覚えてないけど、今笑えればそれでいい。」

終わり良ければすべて良し。とはよく言ったもので、つまり人生はトータルで見てなんぼの世界です。今ちょっとくらい調子が悪いからと焦る事はないのです。
別にスターでも何でもない訳ですから、下を向いていようが横を向いていようが、誰も文句なんか言わないのです。
それに、今少し勝っているとか負けているとか、そんなチンケな勝敗に拘る人は、何れ負けるのです。
人間はマグロではないのですから、いつでも目を剥いて泳いでいる必要はないのです。

これから真剣10代になるけど、覚悟はいい?(笑)
中学の頃、下校途中にAコープの裏で缶コーヒーを飲みながらタバコを吸っていた時。何故でしょう?笑いが止まらなくなった。
結局人間て言う生き物とは、なんだ?
意味があるのか無いのか。価値があるのか無いのか。そんなモノの為に毎日朝早くから走り回っている。
常識だ!常識だ!常識だ!と、さも自分がそれをイチから築き上げたとでも言わんばかりに、人を軽蔑する奴ら。
お前に何が分かる?お前は神様か!?
ザ・ブルーハーツにハマッていた頃
「見てきた物や聞いた事、今まで覚えた全部、デタラメだったら面白い、そんな気持ち分かるでしょ!?♪」
この歌詞が好きだった。
「あんまり平和な世の中じゃ、カッコ悪過ぎる。宣戦布告、手当たり次第♪」
この歌詞に憧れた。
「世の中に冷たくされて一人ぼっちで泣いた夜、もうダメだと思う事は、今まで何度でもあった♪」
この歌詞を読んで泣いた。

もしも明日、ダイヤモンドの価値がゼロになったら、その瞬間膝から崩れ落ちて失禁するような、そんなクソつまらない人生なんか俺は生きたくない。価値があるのか無いのか、そんなインチキ臭いもんに捧げる一生なんかクソくらえだ。

俺はヒヨコじゃない。最初に見た奴を親だとも思わないし、そいつが言う事を正しいとも思わない。何が正しいかは自分で決める。
俺は俺だ。
みにくいアヒルの子だと言われても構わない。
つまりこの世の中とか、一般的に常識的だとされている生き方とか、そんなもんが正しいとは思わない。
大体の奴らは洗脳されている。常識とか言う鎖に繋がれて、社会とか言うぬるま湯に浮いている。その鎖を外されると都合が悪い連中が居るからだ。
その証拠に、本当の事を叫ぼうとする奴は、今でも昔でもみんな殺される。
「社会=人間家畜牧場」

「王様の耳はロバの耳」
聞こえるでしょ?こっそり鎖を外した奴らの声が。

今でもあの場所で缶コーヒーを飲みながらタバコを吸ったら、あの頃に戻れると思う。
それを大人は、変わってないなぁ。ガキのままだと言うでしょうけど、僕はそうは思わない。変わる必要なんか無い。今もこの先も。
なぜなら、あの日僕はあの場所で、本当の嘘に気付いたんだもん。

「たくさん泣いてたくさん笑った、理由なんかあんまし覚えてないけど、今笑えればそれでいい。」
自分が正しいと思う道をゆき。自分が正しいと思う事を信じ。自分が正しいと思うように生きる。
そうすれば、必ず最後に笑えるはずだ。それが自分で選んだ未来であれば・・・☆

プレゼンツby
赤ジャージの詩人・河野広
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2010年09月20日

赤ジャージの宣伝で〜す☆


どうも!こんにちは。
赤ジャージの詩人です☆

今回は、今更ですが僕の作品なんかを宣伝させて頂こうと思っています。

とりあえず5作品ほど掲載してますので、観てください。

1・心をけずって、けずって、痛い思いをした分だけ、あなたの心が広くなってゆく・・・。
こころを.jpg

2・あなたに出会った日から、一日が過ぎるごとに、一年が過ぎるごとに、益々、あなたの事を好きになります。明日が来たら、一年後が来たら、もっともっと、あなたを好きになれますように・・・。
001.jpg

3・人生八十年、いかに誤魔化し通して、死ねるかにある・・・。
人生八十年.jpg

4・自分を守らなくなったら、恋が始まる。自分の身を労われるようになったら、愛が始まる・・・。
自分を守らなくなった.jpg

5・情熱のある人生に、後悔は無い・・・。
情熱のあす.jpg

とりあえずこんな感じです。こんな感じの詩を、毎週金曜日の夜に大街道三越前の路上で、一枚100円から売っています。他にも数百もの作品を売っていま〜す。是非遊びに来て下さい☆

それから、もしも僕の作品を、お店などで展示・販売してくださる方がおられました、お気軽にご連絡ください。

連絡先は↓
akajya_ji7982@yahoo.co.jp

で〜す。
因みに、基本的には葉書サイズです。が、最大A3サイズまで描いた事ありま〜す!
以上、宣伝のコーナーでした・・・☆

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赤ジャージの詩人・河野広
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2009年11月16日

赤ジャコネクション66


このコーナーは、赤ジャージの詩人の詩について、その詳細を述べるコーナーです。
今回紹介する詩は
「いつまでも歩いてみれば、何れは、登り道よりも下り道の方がしんどくなる」
と言う。だから何なん?的な詩です。賛否両論あるかと思います。
しかし僕は詩人ですから、そのような詩を書いていてはいけません。読者を納得させなければいけません。
でも出来ます。これからあなたを納得させてみせます。

この詩を造ったのは、今年(2009)の梅雨頃でした。
僕は今年の六月に、香川県三豊市詫間町(荘内半島)と言う所で、ある修行を行いました。修行の内容は、五十段の石段を百往復する事でした。つまり登りと下りを合わせて、計一万段の石段を歩く事。それも真夜中に、それもたった一人で、それも裸足で、人里離れた山の中にある小さな神社へと続く石段を百往復する事でした。
狭い石段の上を木のトンネルが覆い、何も見えない中を足の裏の感触だけで上り下りしました。
しかし二十往復程した頃には、暗闇にやや目が慣れ始めて、石段の角がうっすらと見え始めました。
ところが、その修行を開始した時刻が午前二時頃だった為、四十往復程した頃には早くも夜が明け始めて、石段どころか周りにある木々の一本一本までもが見え始めました。
いよいよ体に異変が起き始めたのは六十往復を過ぎた頃からでした。足の裏側、特にふくらはぎの辺りが人間の肉とは思えない程硬くなっていて、一段足を下ろす度に、一段足を上げる度に、頭上から見えない大きな力によって押さえつけられるような感覚が起こり始めました。だけど、途中でやめる訳にはいかないので、それでも尚続けました。
しかし、時間が過ぎる程に日は高くなり、容赦なく照りつけ、やがて汗と言う汗が出尽くしていよいよ脱水症状と過呼吸になりました。
しかし僕にはその時分かったのです。ここでやめればどれだけ楽か、そして、その後にどれだけ後悔をするかと言う事が。だから続けました。
ところが、九十往復を過ぎていよいよ後十往復と言う所で不思議な異変が体に起こりました。登り道、上の石段へと足を上げる事は容易に出来るのに、下り道、下の石段へと足を下げる事が出来ないのです。まともに立っていてはどうしたって出来ないのです。だから僕は、残り十往復の下りの石段を、石段にしがみ付くようにして這いながら下りました。これは中学の頃の避難訓練で聞いた話ですが、煙は上から溜まるのだそうです。だから、非難する時には階段に鼻を付けるようにして呼吸しながら非難しなさいと。まさにその時の僕の姿勢はそんな感じだったと思います。
無事百往復を達成したのは、午前十一時の事。修行開始から九時間後の事でした。
でもなぜあんな事をしたのか、未だに自分でもよく分かりません(笑)

このように、僕は我が身を持って、登り道よりも下り道の方が何れはしんどくなる事を体感した上でこの詩を書いたのです。
さて皆様、納得していただけたでしょうか。
ところがもしも「いや〜、んなこたぁないよ。そりゃ嘘だよ君〜」と思われる方が居たら。だったらアンタやってみなさいよ!五十段の石段百往復歩いてみなさいよ!・・・☆

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赤ジャージの詩人・河野広

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2009年10月12日

非の打ち所


素人ながら長年に渡って詩を書いていると、いわゆる売れる詩、売れない詩。人の心を掴む詩、掴めない詩。と言うモノが何となく分かって来た、ような、気がします。
ただ、売れるとか人の心を掴む詩の中にも、差や種類ってのはあると思うんです。
中でも僕が思う、最も売れて人の心を掴む詩って言うのが、いわゆる「究極の詩」非の打ち所の無い詩。多少捻くれた人間に読ませても、しばらく「ん〜」と非の打ち所を探してしまうような詩だと思います。例えば、相田みつをさんの詩で言えば「真実だけが魂を打つ」この言葉はまさにそれに当てはまると思います。あと、作者の方の名前は明かせないのですが、僕が知っている素人詩人さんの方の詩に「愛を失う事には敏感なのに、愛を感じている事には鈍感なのね」と言う詩があります。これもまさにそれに当てはまるのではないでしょうか。あと、自分で言うのもおこがましい話ですが、僕の詩の中に「肝心なのは力の抜き加減」と言う詩があります。世の中には他にも沢山、非の打ち所の無い詩と言える詩があると思いますが、きっとそれら全てに共通する事は、それが本当の事なのでしょう。だから、人間はきっと、自分で意識出来ていなくても、本当の事を心で知っているのでしょう。
それから少し下がって売れる詩、人の心を掴む詩は、と考えると、今僕が思う中で二種類あるんです。
これは勝手に僕がネーミングした詩の種類の分け方ですが、それが「蛸と凧」まず蛸の方は、骨は無いが柔軟性がある。次に凧の方は、骨はあるが柔軟性が無い。つまりここで言う骨と言うのは、作者の言い分や考え方の事であって、蛸には作者の言い分や考え方が多く含まれてなくて、どちらかと言えば読んだ人に答えを考えてもらう詩。もう一つの凧は、作者の言い分や考え方がストレートに表現された詩(因みに僕の詩はこっちが多い)。しかしその内のどちらの方が詩として良いかと言う事がまだ分からない。
骨のある凧タイプの詩を今自分が書いているから、そっちの方が良いって思う気持ちもあるけど、時々路上で言われるのが「君の詩は自分の考えが多すぎて説教染みてるね」って事。でも骨の無い蛸タイプの詩について僕が個人的に思う事は、何だか掴み所が無くて、日記みたいで、正直ズルい。そんな感じ。
つまり結局、ブッチャケこの二種類に関しては、今の所どちらが良いかって事が分からないのが正直な所です。
ただしかし、言わせて貰えるなら言いますけど、僕タイプの詩人に言わせれば「飛ばない凧はただの蛸だ」って事かな(笑)・・・☆

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赤ジャージの詩人・河野広
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2009年09月01日

赤ジャコネクション67


このコーナーは、赤ジャージの詩人の詩について、その詳細を述べるコーナーです。今回紹介する詩は
「誰もがかっこ悪いと思っている事を、実際にやった人は、かっこ良い・・・。」
と言う詩なのですが。僕は個人的に結構この詩に共感しますね。と言うのも、僕はどちらかと言うとやや自尊心が強い方で、恥ずかしがり屋で、無駄にプライドが高いようなタイプの人間なんです。だから、かっこ悪いって思う事は当然やりたくは無い。もしもその向こうに成功があったとしても、出来れば別の方法でそこへ辿りつきたいって言うのが正直な所。言ってみれば、単なるエエかっこしぃ。
因みに、さっきから言っている、かっこ悪い事って具体的にどんな事なのかと言うと。例えば、仕事などで自分のプライドも恥も地位も捨てて人に頭を下げ続けたりとか、仕事の為にキャラに無い事を必死でやったりする事とか。例えば、恋愛などで、相手に振り向いてもらう為なら、ビショ濡れになりながら、泥だらけになりながら、何でもやる事とか。
でも、単にこれだけ聞いてみれば「かっこいいじゃん」って一瞬思うかも知れないけど、じゃあ実際に自分がやってみろって言われたら、やや抵抗ありますよね。ただこれが、相手もこちらの意図を知ってて、その上でって言うなら出来るかも知れないし、いくらか成功する見込みがあるなら出来るかもしれない。でも、こちらに何の意図があるのか知らない相手に対して、成功する見込みがあるのかも分からない状態でいきなりやれって言われたら、それはかなり勇気が要る事だと思いますけどね。
だから多分、心のどっかでは、そうする事が正しいと分かっていたとしても、実際にやるとなると変なプライドが邪魔して「でもやっぱかっこ悪いし」って考えてしまうんですよね。
だからこそやっぱ、その恐怖に勝ち、実際にやった人って言うのは、超かっこ良いんですよ!それでこそ本当に素晴らしいモノを手に入れられるんだと思います。
お笑い芸人とか見ててもよく思いますもんね。「そんな事までするのかよ、だっせ〜」って、日本中から笑われ続けても、いつかそれを極めれば不思議とかっこ良く見えてくる。
やっぱ、本気でなければ人の心は動かせない。小手先だけでは人の心は掴めない。本当の戦いをする為には、越えなければならない明確なラインがあるんですよね・・・☆

☆赤ジャージ広告☆
「赤ジャージの詩人の詩が、愛媛県喜多郡内子町の「オキデン」と言う電気屋さんのレジ付近にて販売されています。因みにオキデンは、R56号線にあります。大型テレビなど、他にも様々な家電がいっぱいありま〜す!是非行ってみてください。」

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赤ジャージの詩人・河野広

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2009年07月06日

赤ジャコネクション68

このコーナーは、赤ジャージの詩人の詩についてその詳細を書くコーナーです。今回紹介する詩は
「そうかもしれない、でもそうじゃないかもしれない。僕は常に、そうじゃないかもしれないに賭ける」
と言う、実にアグレッシブで強気のバッティング的な詩なのですが。
僕は、基本超プラス思考なのです。人に聞かせれば「んな訳ないじゃん!」って笑われるような考え方をします。なんたって、自分を中心に地球が回っているとか思っている人間ですからね。
だから、いつ何時、どんな情報が僕の頭の中へ入ってきても、それが頭の中でグルグル回って結論が出る頃には、まるでゴミ箱のゴミがあらゆる工場を経てリサイクルショップの陳列棚に並んでいるような結論に変わっています。時には「いやいや、あのゴミがこうはならないでしょ!?いやいやいや、これは嘘だよ」って、疑われるような結論を出します。紙くずがダイヤモンドに変わるような結論を出します。だけど、その結論に至るまでの考え方には、いつでも必ずこれって言う理由とか筋道があって、その先に出ている訳です。決して漫画みたいなクルクルポン!的な考え方はしていません。出来ればここにその一例を出して細かく説明したいくらいですが、個人的な内容なので今回は控えようと思いますし、万が一、飛んだ勘違いや単なる思い上がりだったら恥ずかしいので、やめておきます(笑)
しかしながら、どうにかこうにか、僕は今日までその持ち前のプラス思考で生き延びて来ている訳で、特にこれと言って取り返しの付かない失敗をした事もありません。普通に笑って生きています。だからそう考えると、当たっていたのかはたまた間違っていたのか、その辺りの真実までは、今となっては知れない事の方が多いですが、あながち間違いではなかった事も中にはあったのではないかと信じています。
で、実際、僕が普段どんな風に物事をプラス思考に考えているかって事を説明しますと、まず、新しい情報が入って来た時、僕の頭は高速道路のエックスハイフェイどころか、トリプルエックスハイフェイの中心でグルグル回っています。そして、マイナス的な思考から超プラス的な思考まで、様々な方向へ伸びる道をグルリと回りながら見て、ここぞと思う、その中でも自分にとって最も都合の良い道へと割り込み気味に発進していくのです。
それに、そのトリプルエックスハイウェイから伸びる道のすべてには、必ずそれなりの根拠があります。何一つ無茶苦茶な発想は無く。こう考えられる可能性もあるだろうって言う結論へ伸びる道です。
「なぜそうなっているのか?そこにどんな意図があるのか?そこにどんな計画や計算があるのか?」それらを様々な角度から考えた末に導き出された、結論へと続く道です。
ただ、どれだけプラス思考だと言っても、マイナス的な思考を一切持っていないのかと言えば、それは嘘です。それなりのマイナス的な思考も勿論持っています。ただ、それを持っているからこそ、全く逆のプラス的な発想が出来るのだと思います。
それに、僕にもそれなりのマイナス的な思考があり「そうかもしれないな」って考えてややブルーになる時がありますが、その後で必ず「でもそうじゃないかもしれない」って考えます。何をどれだけたくさん考えても、最後は必ずプラス思考で結論を出すようにしてます。
ま、そうする事について特に重要な理由なんて無いんですが、そんな風に考えた方が、人生楽しいですからね。それに、常に物事をプラスの方向へ考えていれば、自然と本当にそうなっていくって話もありますからね・・・☆

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赤ジャージの詩人・河野広

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2009年06月13日

赤ジャコネクション69


このコーナーは、赤ジャージの詩人の詩について、その詳細を書くコーナーです。
今回紹介する詩は
「時々、スーパーサイヤ人になりたいと思いませんか?」
と言う詩なのですが、この詩はいわゆる、今から約三年くらい前まで路上に並んでいた「詩人の気まぐれポエム」の中の作品です。その他にも「我が人生に女子校生あり」とか「華のレイアップシュート、スカートがヒラリ」とか「長靴を嗅いだ猫」とか「テントウ虫の産婆」とか色々ありましたが、今はもう並べていません。それについて特に理由は無いのですが、詩を並べられるスペースが限られている為、売れる見込みの無いモノを排除しただけです。
スーパーサイヤ人になりたいって思う時。そりゃ人によって色々あると思います。例えば、イライラした時とか憤った時とか。或は、飛びたいくらい嬉しい時とか幸せな時とか。
因みに僕はどちらかと言うと後者ですね。イライラしたり憤った時にスーパーサイヤ人になりたいとかあんま考える余裕は無いですからね。だって僕は所詮B型特有の瞬間激怒症なので「このボケほんま!耳の穴から指入れて奥歯ガタガタ言わしたろか!」とか思っても、その怒りは打ち上げ花火みたいにズドンッて上がって、後はパラパラと消えていくのです。だから、五分も経てば自分がさっき何に対して腹を立てていたのかも忘れてしまいます。
なので、僕がスーパーサイヤ人になりたいって思う時は、やっぱ嬉しい時とか幸せな時です。まぁ、どちらにせよ僕は単純明快な奴ですから、喜んだり幸せを感じたりした時には、ただ単純に喜んでただ明快に笑うんです。尚且つ、喜びと幸せの方に関しては、怒りみたいに一瞬で終わったりはせず、蚊取り線香みたいに一晩中、心の中でチリチリと燃え続けるのです。だから、喜んだり幸せを感じちゃったりした夜なんかには、興奮のあまり目がランランとして寝られません。そう考えてみると、B型人間て奴は本当に得な性格ですよね。嫌な事とか面倒な事は直ぐ忘れるくせに、良い事や楽しい事だけはいつまでも覚えてるんだから。
ただB型人間について、得とは言えない部分を一つ挙げるとしたら、やたら疲れるって事かな。とにかくB型なんてのは単純明快で、頭の中は子供なんですよね。だから、顔では澄ましてても、心の中はいっつもドキドキワクワクしてて、常に刺激を求めてしまう。傍から見れば「なんだそれぐらいの事」って思うような事に対しても、やたら大袈裟に喜んだり、または逆にボッコ〜凹んだりしてしまう。とにかく常に「来たーーーッ!」と「うっそ〜ん!」の繰り返しで、一日の内に天国と地獄を百往復くらいしてます。だから正直、気持ちは子供かもしれないけど、体は一日ごとに老いておる訳ですから、そんなんじゃ体力が持ちません。最近はやたらチョコレートばっかり食べてます。ドキドキワクワク、色んな事を考え過ぎて、膝がガクガクでもう立ってらんない状態です(笑)。
ところが、先ほども言ったように、やっぱりB型人間て言うのは、自分に取って嫌な事や面倒な事は直ぐ忘れてしまうタイプですから、天国と地獄を百往復しようとも、後に残るのはやはり天国の事だけ。基本超プラス思考なのです。そんなんだから、もうドキドキとかワクワクがその内押さえきれなくなって「んあ〜ッ!!」ってスーパーサイヤ人になりたいとか考えてしまうんでしょうね。だから、やっぱりどう考え直しても、B型ってのは得な性格ですよね?
まぁ、何だかいつの間にかB型の話ばっかりになってしまいましたが、これはシャーナイですよね。B型は血液型の中でイチバン嫌われてるみたいだけど、とにかく根拠もなく自分の事がやたら好きな血液型だからね。嗚呼、いつか生まれ変わっても、またB型で生まれてみたいわ〜・・・☆

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赤ジャージの詩人・河野広
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2009年06月10日

赤ジャコネクション70


このコーナーは、赤ジャージの詩人の詩について、その詳細を書くコーナーです。
今回紹介する詩は
「あなたの人生の中で、いちばん輝く人になりたい」
かなり昔からある詩ですね。多分六年くらい前から路上に並べていますが、今尚赤ジャージの選抜ラインナップに入り続けている詩です。
やはり、人は常に人間関係の中で生きている訳ですから、そう思う事は当然だと思います。ただ、もしも人の人生の長さが一年くらいだったなら、狙い撃ちで、この人!って決めた人の人生の中でいちばん輝く人になら頑張ればなれるかもしれません。しかし、八十年もある人生の中で、その相手だってその他大勢の人と関っている訳だから、そう簡単にいちばんになる事は難しいのかも知れません。
それに、僕なんかはまだ二十五年しか生きていない訳だから、もし八十歳まで生きられたとしたらあと五十五年ですよ。五十五年もの間ずっと狙い撃ちなんか出来るかなぁ?もしそれが出来れば、歴史上最高のスナイパー?ですよね!
まぁ、基本。この詩は恋愛系とも取れるし、そうじゃないとも取れるかもしれないけど。やっぱそうなりたいのって異性じゃないすか?そりゃ艶っぽい話を抜きにして、同性に対して、この人の人生の中で―。って思う事もあるのかもしれないですけどね?例えば、凄いお世話になった人とか、自分の人生を変えてくれた人とか。そう言う場合なら同性であってもおかしくはないかもしれないけど。でもやっぱりどっか、同性だといまいちテンション上がり切らない所があるのと。そう思ってる事を口に出したりしたら、なんか自分の周りに一人分のスペースが空きそうで嫌じゃないですか。だからやっぱ、異性に対してそう思った方が、テンション上がるし、ぶっちゃけ楽しいですよね。
だから例えば、結婚とかすれば、その相手の人生の中でいちばん輝く人になれる可能性はかなりありますよね。ところが、いつか八十歳くらいになって、夫婦で縁側でお茶とか飲みながら
「君の人生で、いちばん輝いてた人は誰だい?」
って聞いて、当然自分の名前を言うだろうとか思っていて全然違う人の名前とか言われたらかなりショックですよね?
「え〜〜〜ッ!うっそ〜〜〜ん・・・・。」
ってなりますよね。でも逆に考えれば、夫婦だってそうなる可能性があるとすれば、例え傍に居られなくても、いちばん輝く人になれる可能性だってあるって事ですよね。極端な話、八十年の人生の中のほんの一時間とか一日、一緒に居ただけの人の事を一生忘れられないなんて事もあるかもしれないですからね。
しかしまぁ、この長い人類の歴史の中で、たまたまか偶然か必然か、縁あって同じ時代に生きて出会う訳ですから、考えようによればただそれだけの事でも、ものすんごい可能性を手にしている訳です。それならば、この人と決めた人の魂に刻み込まれるような、輝く人になって死ねたら、こんなに価値のある事は他に無い!
はてさて、果たして僕の人生の中でいちばん輝く人は誰でしょう?あなたの人生の中でいちばん輝く人は誰でしょう?その答えは、今から五十年か六十年か先の、小春日和の縁側にあります・・・☆

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赤ジャージの詩人・河野広


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2009年06月03日

赤ジャコネクション71


このコーナーは、赤ジャージの詩人の詩について、その詳細を書くコーナーです。
今回紹介する詩は
「幸せな事は、自信を持たせてくれる人が近くに居る事」
誰にだって居ると思います。僕にだって居ます。あの人がもし自分の傍に居てくれたら、何だって出来るはず、すべてが上手くいくに違いない。そう思わせてくれる人が居ると思います。だけど、いくらそう願っても、願うだけでは叶わない事が世の中にはあります。いくらこちらが、傍に居て欲しいと願っても、向こうが傍に居てやりたいと思わなければ、それは叶わない願いです。もしも誰かがあなたに、傍に居て欲しいと願っていても、あなたにその意思がなければ、その誰かの願いは叶わないのです。
だから、その願いを叶える為にはまず、傍に居てやりたいと思ってもらえる自分にならなければならない。人が人の傍に居てあげたいと思う主な理由は、恐らく次の二つ、傍に居たいと思わせる魅力がある。そして、傍に居るだけの価値がある。まずは、それを自分自身で見出し、相手に示さなければ、その願いを叶える事は難しい話でしょう。相手にとっては、魅力も価値も無い人の傍にいる理由が無いからです。ところが、万が一それを相手の責任だと考えるなら、そう考えている内はまず願いが叶う可能性はゼロでしょう。自分自身が変わらなければ、何も変わらないのです。
逆の話をすれば、もし今あなたの傍に自信を持たせてくれる人が居るなら、それはまず間違いなく、あなた自身に、それだけの魅力と価値がある証拠だと思います。しかし、それも放っておけばいつまでも続くものでは無い筈です。あなた自身が、その魅力と価値を維持し、そしてその期待に応え続けなければ、その関係は終わるでしょう。

自信。しかしそれは、相手から100パーセント与えて貰える物ではない筈です。あなたの1パーセントの自信に、相手の99パーセントが加わるのか。それとも、50+50なのか?もしくは、あなたの99パーセントの自信に、相手の1パーセントが加わるのか。その割合については、その時々で違うと思いますが、あなたが持つ、1にも50にも99にも、必ず魅力と価値が含まれている筈です。それを相手に示す事が、やはりまずは大切な事なのでしょう。
要するに、自分を信じていない人に、相手は魅力も価値も感じてはくれないと言う事です。だから、まずは自分を信じる事、そして、例えたった1パーセントでもいいから、自分に自信を持つ事。そうすれば必ず、あなたに魅力と価値が生まれるはずです。

自信=自分を信じる事・・・☆

プレゼンツ
BY
赤ジャージの詩人・河野広
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2009年05月27日

赤ジャコネクション72

このコーナーは、赤ジャージの詩人の詩についてその詳細を書くコーナーです。
今回紹介する詩は
「人は、言葉で嘘をついても、態度で嘘をつけない」
と言う、だから何?的な詩です。
とは言え、世の中にはこれだけ人が居る訳ですから、中には嘘をついても態度に現れない人も稀に居るのかもしれませんが、例えば僕みたいな奴は典型的な態度で嘘をつけない奴です。僕は基本言葉では嘘ばっかりついてます、ある事ない事平気で言ってたり。別に凄いとは思わなくても「マジ凄いっすね〜!」とか適当に言ってたりします。しかし態度ではどうもそれを隠せてないようです。
例えば、好きな人の前に行くと完熟トマトみたいに顔が赤くなって、耳が焼け落ちそうなくらい熱くなります。もはや顔に「好きです」って書いてあるのと同じです。そうなってくると「お願い!誰か今すぐ頭から水を2リットル掛けてッ!」とか思います。その辺りは中学生レベルです。
また、逆に嫌いな人の前とかに行くと露骨にそれが現れます。その前にどんだけ爆笑してても嫌いな人が来ると「う〜わ最悪や」みたいな顔して直角にテンション下がります。
僕の話ばっかで恐縮なんですが、基本僕は人の好き嫌いははっきりしてますから、好きな人はずっと好きで、嫌いな人はずっと嫌いな感じです。だから、好きな人の嫌な一面を見たからって別に急に嫌いになる訳は無く。そうなってくると当然、嫌いな人になんぼ優しくされたり、絶体絶命の危機を救われたからと言って好きになったりする事もありません。何をされようが嫌いなもんは嫌いで好きなもんは好きな感じです。このように、人は言葉で嘘をついても態度では嘘をつけないのです(ま、ほとんど僕の事書いただけですけどね)。
例えば、世の中にはしぐさに隠された心理とか言うもんがありますよね?これはまさにこの詩の事を言っているようなもんで、この詩はまさにその事を言っているようなもんだと思います。
しぐさに隠された心理、と言えば例えばよく言われるのが、ん〜、頻繁に腕まくりをする人は気が短いとか。座ると必ず足を組む人は人の目を気にするタイプだとか。ストローを噛む人は欲求不満であったり、マザコンであったりだとか。女性が男性の前で髪の毛を触るとその人に好意を抱いているだとか。話している時に頻繁に鼻を触るのは嘘をついてるからだとか。色々あるみたいですけど。ま、その時の状況とかもあると思いますし、僕なんかテンパッてたら今書いた事を連続で全部やりそうですからね。だから一概に言える事ではないかとも思いますが、少なからずそれはあるみたいな感じです。
例えば、また僕の話になって恐縮なんですが、腕まくりをする人は気が短いってのはそうかなと思いますね。と言うか僕の場合は神経過敏症と言った方が正しいんでしょうか。とにかく腕に衣類が当たる感触が嫌で「イ〜〜ッ!」ってなるんですよね。おまけに僕の仕事先の制服なんか七分袖ですよ、あり得ないですよマジで!と言うか七分袖と言う発想自体があり得ないでしょ!?これ作った奴はどんだけ気楽な奴なんやとか思いますよねホント。
で、次に、座ると必ず足を組む人は人の目を気にしているって言うのもあるかな。基本僕は小心者ですからね。それこそ今すれ違った人でも「あらやだ、今どんな風に思われたのかしら」とか気にする事さえありますし、勿論常に足組みますしね。
で、次に、ストローを噛む人は欲求不満、マザコン。ですが、これはどうかな?確かに僕はストローめっさ噛みますけど、欲求不満かどうかはよく分からんなぁ。そうと言えばそう、そうじゃないと言えばそうじゃない感じ?ただマザコンって言うのは、僕の場合現在家族が僕と母親しか居ませんからね、他に家庭の事話せる人が居ないからどうかな?でも判断基準は基本、俺は俺、親は親的な感じなので、マザコンではないかな。
で、次に、男性の前で女性が髪の毛を触るってのは、どうかな?。あんまし記憶にないし、僕は男だからよく分からないな。
最後に、嘘をつく時鼻を頻繁に触るってのは、僕よくありますね。最初に書いたように、僕は基本凄いとは思わなくても「マジ凄いっすね〜」とか言う派だから、そん時は多分鼻が赤くなる程触ってるんじゃないでしょうかみたいな感じです・・・☆

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赤ジャージの詩人・河野広
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2009年05月12日

恋の天使


恋をする時

どこからか恋の天使が
二人の間に舞い降りて来て
二人と、手と手を繋いで
近づけようとするの

強がりの彼が
落ち込んでいる時には
彼女の手を強く握って
寂しがりやの彼女が
泣いている時には
彼の手を強く握って
気付かせようとするの

彼が彼女の存在を
見失いそうになった時には
彼の手を引っ張って
彼女が彼の存在に
迷いそうになった時には
彼女の手を引っ張って
お互いに向き合わせようとするの

そうやって、ほんの少しづつ
二人を近づけていくの

そして、もう大丈夫って思った時
恋の天使は
二人の手を繋ぎ合わせて
二人の中に溶けていくの
二人がお互いに
今手を握っているこの人が
恋の天使なんだって
認め合える為に・・・。

はっ!て言うかお前何言いよん?超キモイんですけど!とか思われた方、多数居る事と思います。しかし皆さんお忘れかもしれませんが、僕は詩人ですので、詩ぃとかめっさ書くんですけど・・・☆

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2009年05月09日

赤ジャコネクシュン73


どうも〜!このコーナーは、赤ジャージの詩人の詩についてその詳細を書くコーナーです。
今回紹介する詩は
『一生の内に与えられる幸せの量はみんな同じ。ただ、小さな幸せも、大きな幸せも、そのひとつひとつをいかに大切にし、いかに感謝出来るかで、感じられる幸せの量は変わる。』
ん〜言いたい事は分かるんですが、この詩にはまだ改良の余地があるかなとか思いながらも、こんな所に書いちゃいました的なッ!
ま、実際の所僕も高々25年ちょいしか生きていない、いわゆる人生のペーペーなもんで、偉そうに分かったような事言ってたら『お前に何が分かるんどカス−!』とか言われそうですが。やっぱ与えられる幸せの量はみんな平等だと願いたいですよね。ま、ブッチャケ人より自分の方が多かったら別に文句は無いけど、もし人より少なかったら『何でぞ!おかしいやろうが!嫌がらせかい!』沙汰にも成り兼ねないですからね。
だけど万が一平等じゃないっつうなら、それはそれで、好きな人と分け合ってみたりして
『いいの?こんなにたくさん貰って』
『いいんだよ!君が喜んでくれる事が僕の幸せなんだから…あ!でもその代わりにSEX的な事させて下さい』
みたいな話にも成りうる訳だから、素敵やん!まぁ、そんな訳でいつも通り後半グズグスになって来たのですが。この詩が最も言わんとする所はやはり
『小さな幸せも大きな幸せも、いかに大切にし、いかに感謝出来るか』
と言う部分であると僕は踏んでおる訳です。
恐らく、僕のこれまでの人生において、知らずに見落として来た幸せは沢山あった事でしょう。例え知っていたとしても、何かしらの理由でないがしろにしてしまった幸せも沢山あったでしょう。しかし、もうそれらは過去の事であり、いくら願っても再び僕の手に落ちるモノではないのです。
実に、寂しい事です、哀しい事です。幸せであるが故に見失ってしまう幸せと言うものがきっとあるのです、それを不幸せとまでは言わないにしても、本来手に入れられる筈だった幸せを自分自身の勝手で無視して生きているのが人間だと考えると、それは寂しく哀しい事です。
どうだろう、手始めに今この手の上にある幸せを再確認し、深く感謝してみようか。これから起こる幸せらしき何事に対しても、目を背けずに向き合ってみようか。しかしとりあえずは、幸せになりたいとか、ねこそぎ感じたいだとか、あまり考えない方が、やっぱ調度いいのかな…☆

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赤ジャージの詩人・河野広
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2009年01月20日

赤ジャコネクション74


どうも〜!最近虹の色を五色まで見る技を身に付けました。河野広です☆
このコーナーは、赤ジャージの詩人の詩についてその詳細を述べるコーナーです。
今回紹介する詩は
『だったら辞めればいいじゃないかと、言ってくれるな、言わせてくれるな。大人なんだから』
と言う詩です。
正直、こんなとこにこんな事書くのもなんですが、やや毒を吐いてもいいですか。いやその、よく人に、路上やっててカラまれる事ないですか?と聞かれますが、正直18とか19の頃は、世間から見れば子供ですからね。世間の大人たちが憂さ晴らしに酒飲んだ帰りにあーだこーだ言ってきてました。だけど、もう今はこっちも25ですからね。やや世間の見る目と言うか扱いも変わったみたいで、酔っ払いにあーだこーだ言われる事は無くなりました。
ところが、今も昔も変わらずカラんでくる人種が居ます。いわゆるホームレスとホームレス予備軍の方たちです。正直、何を言っているのか分からないし、何を言っていいのか分かりません。ただボーッと話を聞いているのか聞いていないのか分からない時間が一時間…二時間。
まぁ、僕の人生においてその時間が無駄だったのかと、十年後の僕などに問えば『貴重な時間だった』とか言いやがるのかも知れませんが、今現在の僕に取っては、無駄な時間です。
とか言いながらも、この世に無駄などはない、唯一無駄なのはそれを無駄だと思う事だ。と言う持論を持っている僕が、それでも構わないから僕は無駄だと言ってやる。と思ってしまう程に無駄で厄介な時間です。
ただまぁ、僕は単なる瞬間激怒症タイプの人間ですから、少しの時間が過ぎれば、何の事やらさっぱり興奮を忘れてはしまいますが、次にまた同じような事があると、前回の忘れてた分まで上乗せしてカッカとします。正直そこまで来ると死ねとさえ思います。だけどもまた時間が経てば何の事やら忘れて、そんな事を繰り返しながらやっている訳です。
そしてまた、忘れている間に専ら考える消火剤的役割を果たすのが『相手を許せない自分に憤っているだけだ、これも自分を成長させる出会いだろ』と言う言葉です。
嗚呼、だったら辞めればいいじゃないかなんて、言いたくもない。言われたくもない。皆そのギリギリ手前で、様子見ながら頑張ってるんだろうから。誰にも言わないから、どうか今だけは言わないでおくんなまし。みたいな(笑笑)…☆

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2009年01月19日

赤ジャコネクション75


どうも〜!大人の男になる為に、BLACK珈琲 を飲む練習をしています。河野広です☆
このコーナーは、赤ジャージの詩人の詩についてその詳細を述べるコーナーです。今回紹介する詩は
『今日始めれば、明日始めるより、人生が一日長くなる』
と言う詩ですが。これはまさに僕の2009年の目標でもあります。とは言えこの詩を作ったのはもう二年程前の事で、それを今更一年の目標に掲げるのもおかしな話ではありますが、とにかく僕はこの詩を今年一年の目標にしたいと思っているのです。
つまりは、今日出来る事は今日の内にやっておこう!と言う企みです。
僕は、自分で認める程の無気力人間です。正直なんもかも後回しにして日々生活して来ました。その結果がこの有様です。
あん時やっときゃ良かったと嘆く内容は一日掛かっても数えきれず、また悔やみきれません。極めて残念な奴なのです。
だからどうか、そんな自分を今年こそは変えたいと思い、迎えた本日一月二十日、僕は果たして変われたのだろうか…正直、もう既に両手の指を往復する程の、いわゆる後回しをやらかしてしまいました。もはや2009年が始まってたった二十日間の内に、一ヶ月程の日々を後回しにしてしまいました。
そうしてこれが積み重なり…積み重なり…一年も二年も理想の未来は遠ざかってゆくのです…か?
実にヌルい!生ヌルい!こんな事が許されていいのだろうか!やや自暴自棄に、やや、やけになってしまった。そんな一月二十日、二十五の夜です。
ただ、ただね、僕が好きな映画『岸和田少年愚連隊』の中でこんなセリフが出て来ます
『明日出来る事は今日せんでもええけどなぁ、まぁボチボチ行けぇ!』
ん〜、ん〜。
今の僕にはとにかく、ん〜。としか言えない。
これは多分、今日出来る事と明日やるべき事を今日の内にやってしまうようなウルトラスピーディーな人への『たまには休んで下さいよ』と言う意味での言葉であって、僕みたいな超無気力人間がこれを鵜呑みにして『あらまぁ、それでいいんだ』なんて信じ込んでしまったら、僕の人生なんざ、葉っぱの裏の枝の裏の大木の裏の根っこの裏の雑草の裏の石コロの裏のミミズみたいなもんになってしまうんだろう…と、そこまで自暴自棄になり後悔し、もがいた揚句、取り敢えず今日の所は寝ようとしている僕。
今日始めなければ、明日始めても、人生が一日短くなる…☆

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赤ジャージの詩人・河野広
posted by 河野 広 at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月12日

赤ジャコネクション76


どうもこんちわ!
このコーナーは赤ジャージの詩人の詩についてその詳細を述べるコーナーです☆
今回紹介する詩は
『小春日和のような穏やかな心持ちで居れば、毎日が小春日和のような穏やかな陽気に感じられる』
と言う詩ですが。
2008年11月12日。
まさに今日は小春日和でした。僕の人生にとっての小春日和の日だったかどうかは別として、世の中がこの小春日和に包まれた日だから、この日を一生の思い出として記録と記憶の内に留めておこうか、そんな事を少しだけ考えましたが、やっぱ面倒臭いから辞めました。だって僕休みだったから夕方くらいまで寝てたんだもの。んで夕方のニュースをボケ〜っと見てた時にそんな事言ってたから、あ〜そうなんだと思っただけなんだもの。気楽な奴もいたもんです。
ここにある一文を記しましょうか。
『負けだとか勝ちだとか、そんな事は一先ず忘れて、朗らかに笑っていたい。弱いだとか強いだとか、そんな事は一先ず忘れて、朗らかに笑っていたい。敵だとか味方だとか、そんな事は一先ず忘れて、朗らかに笑っていたい。損だとか得だとか、そんな事は一先ず忘れて、朗らかに笑っていたい。卑怯だとか汚いだとか、そんな事は一先ず忘れて、朗らかに笑っていたい。馬鹿だとか賢いだとか、そんな事は一先ず忘れて、朗らかに笑っていたい。妬みだとか恨みだとか、そんな事は一先ず忘れて、朗らかに笑っていたい。痛みだとか苦しみだとか、そんな事は一先ず忘れて、朗らかに笑っていたい。出来ればずっと、そうしていたい…。』
これは、赤ジャージの詩人の詩集『闘士朗』の中に書かれている、小春日和の詩についての解説です。
果たして僕は、この先の人生の中で一日でもそんな気分で過ごす日があるだろうか?
…例えば、道で十万円程拾ったら、普段は気にもならない、健気に生きている植物たちが少しは素晴らしく見えるだろうか。すれ違う人々が、普段よりは少しでも良い人に見えるだろうか…。
そんな風に考えている奴に、小春日和のような穏やかな心など持てたものでもないんだろうけれど。
嗚呼、誰の心をも穏やかに暖めてくれるこの小春日和と言う一日は、何よりも優しく、何よりも寛大な心に包まれた日のようで、そんな一日の内に、やはり人は普段よりも少し優しくなれるんだろうか…って、とか言いながら、僕寝てたんですけどね…☆

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posted by 河野 広 at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月13日

赤ジャコネクション77


どうも〜!先日、社会保険庁から「自分の年金記録ぐらい自分で確認しろよ」的な郵便物が送られて来ました。それは結局何かい?こちらがそれに対して「間違いありません」と返答して、万が一間違いだった時の為の逃げ道造りかい?この期に及んで逃げ道造りかい!?あぁそうかい上等じゃねぇのよ。と憤り、俺ぐらいになったら返答せんけんな。で有名な河野広です☆

このコーナーは、赤ジャージの詩人の詩についてその詳細を書くコーナーです。
今回紹介する詩は
「何が正しいのか、何が間違っているのかを考えるよりも、今正しいと思う事をやった方が、後悔しない人生なんじゃないかな」
と言う、極めて熱い詩なのですが。
簡単にこの詩の主張する所を言えば、何が正しいのか、何が間違っているのか、と言う事は、今考えた所で決して答えなどは出ず、寧ろ、存在さえしないのではないかと僕は思う訳です。
少し広い話をすれば、一人の人間にとっての明日、そして人類にとっての明日なんて言うモノは、全くの未知だと思うのです。
今、手にしている物は、昨日までの人生、そして、歴史の中で学んだ記憶と記録に過ぎない物であり。あの時はああなったからこうしたらこうなった、とか言う漠然とした予想でしかないのです。
と言う風に考えるとやはり、あの時はああなったからこうしたらこうなった、だから今日もこうしたら明日もああなるだろう。と言う、実に頼りない態度で我々は今日から明日へ向けて日々生きているだけな訳で、これまでの事に根拠はあっても、明日なんてモノにはこれっぽっちの根拠などは無く、つまり、あの時はああなったからこうしたらこうなったけど、今日もこうしたら明日もああなるなんて言う保証は決して無いのです。
要するに、一人の人間にとって、そして人類にとっての明日なんて言うモノは、全くの未知なのです。だから、その全くの未知なるモノに対して、何が正しいのか、何が間違っているのかなどと考えた所で、やはり答えなどは出ないし、やはり存在しない筈です。
そうなった時に大切になってくるのがやはりコレ「今正しいと思える事をやった方が、後悔しない人生なんじゃないかな」と言う部分だと思います。
ただ、後悔をしない人生こそが最も理想的な人生であると言う訳では無いとも思います。後悔から学ぶ事も沢山あると思いますから。しかし僕は、後悔にも、良い後悔と悪い後悔があると思うのです。
まず良い後悔と言うのは、今言ったように、今正しいと思える事をやった結果、残念ながら失敗してしまった時の後悔。これは良いと思います。後悔は残っても、それと共に自分が正しいと思える事をやったんだと言う自信が残る筈ですから。
ところが、悪い後悔と言うのは、ただ単純に何もしない事だと思います。何が正しいんだろう?何が間違っているんだろう?と、ただ考える・・・考える。それがいつか、何が正しかったんだろう?何が間違っていたんだろう?に変わっても尚考える。そして結局最後にはそれが、あの時ああすれば良かった。と言う後悔に変わるのです。
それだけは、例え明日が未知なるモノであるとしても、今自信を持って言える唯一の答えなんじゃないかと思います。
あの時ああなったからこうしたらこうなった、だから今日こうすれば明日もああなるだろう。しかし、良くも悪くも、ああならない明日がいつか来るかも知れない。
そう考えるだけで、小さな胸を締めつけている明日を諦める理由なんか、ミジンコの糞みたいに思えちゃわない?明日はもっとすげぇ事が起こるんだって、みたいな・・・☆

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posted by 河野 広 at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月30日

赤ジャコネクション78


どうも〜!現在僕は、湯沸かしポットを買う為にお金を貯めています。で有名な河野広です☆
このコーナーは、赤ジャージの詩人の詩についてその詳細を書くコーナーです。
今回紹介する詩は
『嗚呼、青春の三ツ矢サイダー』
ですけど。詩ぃ?これ?と一瞬思われた方、沢山居ると思います。でも安心して下さい、僕も未だにそう思っています。だって全く持って意味が分かりませんからね。
そもそも、この詩が出来たきっかけと言うのは、昨年、2007年の真夏、路上仲間の『四ツ葉のくろ〜ば〜』と今は亡き『詩春記』と僕『赤ジャージの詩人』とが集まり、喜多郡内子町の山の奥深くにある体育館を借りて協同開催した『ストローコースト』と言うイベントの際、四ツ葉のくろ〜ば〜のMと言う男が
『広くん、最初に何か描いてや』
と言った為、そのイベントが始まるや否や、ステージの脇に設置された、縦は背の高さ程で幅は両手を開いた程の布に文字入れをする事になり、何が良いかと一晩悩んだ末に捻り出したのが、そもそものきっかけです。
あまり長過ぎて読めなければダメ、中途半端に真面目な事を描いて逆に滑るのも尚ダメ、かと言って下ネタも絶対ダメ。などと考えた末、単純でインパクトが有り、尚且つ夏を思わせるような言葉はと搾った結果『嗚呼、青春の三ツ矢サイダー』と言う言葉が現れた訳です。ただそれだけの事です。
しかしまぁ、そのような事を長々と説明された所で、だからつまりどう言う意味なんだと問われれば、正直意味など無い。と言う所がすべての結論です。だからそれこそ、オロナミンCでもクリームソーダでもヨーグルッペでも何でも良かった訳です−。
ま、ただですね、とは言いながら僕には一つだけ確信的に思っている事があるのです。よく世間では『ジュースの王様はコカ・コーラだ、越えられる訳が無い!』と言われておりますが、んなわきゃぁないと!僕に言わせてもらえばジュースの王様は間違いなく三ツ矢サイダーですよ!僕はこれを確信的に思ってます。あんな旨いもんはないわな。正直、冷蔵庫に三ツ矢サイダーの1.5gのペットボトル入ってたらテンション上がりますものね。
まぁ、と言う訳で最後の最後まであまりパッとしない感じになってしまいましたが、僕は三ツ矢サイダーが好きだと言う、ただそれだけの事実を理解して頂ければそれでケッコー☆

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2008年08月27日

赤ジャコネクション79


どうも〜!このコーナーは、赤ジャージの詩人の詩についてその解説を書くコーナーです。
今回紹介する詩は
『世界は変わらない、しかし、君が変われば世界は変わる』
と言う詩なのですが。
つまりは、人生上手くいかねぇ、面白くねぇとか言って世の中に背を向けて生きていても、世の中の方から変わってくれる事などまず有り得ないと言う事です。自分自身が変わらなければ何も変わらないし何も始まらないと言う事です…。
と、エラそうな事を言ってはおりますが、僕自身がその事を認められたのはつい最近の事で、それまでの僕は根拠も無く上等をブチかましているだけのハッタリ野郎でした(今でもまだその傾向が僅かにありますが)。
ところが、いつしか『自分自身が向上していく面白さ』と言うモノを知った僕は、とにかく自分自身が向上してゆく快感の為、今まさに『ハッタリ野郎大改造計画』の真っ只中であり、一体この現象はどう言った事だろうかとよく考えてみた結果、次の事が分かりました。
つまり『ヘビースモーカーの方が禁煙に成功しやすい』と言う事です。以前ある本で読んだんですが、ヘビースモーカーの方がライトスモーカーよりもタバコを辞めた時の実感や達成感が大きい為、禁煙に成功しやすいそうです。つまり、ショーモナイ奴の方がまともになった時の実感と達成感が大きいと言う事です。
って事は必然的に、人生おもんないと嘆いている皆さんにはドデカイ可能性があると言う事です!!
少し話を変えます。人生が上手くいかない、おもんないと嘆いている方々。しかし『君が変われば世界は変わる』なんて言われても、そんな簡単に変われるもんでもないと思います。そこで僕は一つ思う事があるのです。それはズバリ『考え方』です。考え方を良い方向へ向ければ、自ずと人生は良い方向へ向かう筈です。
例えば、人生が万華鏡を覗いている様なもんだとしたら、考え方を1aズラしただけで世界が全く違って見えるからです。ただそこで大切な事は、万華鏡を一回転したとしても、そのすべてが美しく見えるとは限らないと思います。中には汚く見える角度もあると思います。しかし、なぜ自分はその角度を美しいと思っているのか?また汚いと思っているのか?しかし、それは本当に美しいのか?それとも本当は汚いのか?その辺りをもう一度少し厳し目に考え直して見れば、きっと考え方は良い方向へ向き、人生そのものも良い方向へと向き始めると思うけどな…☆

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posted by 河野 広 at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする