2016年02月22日

灰汁(あく)


「若い内に灰汁を出せば、歳を重ねて、味が出る。」
僕は元々、灰汁が強い人間であり、そのせいで無駄の無いスマートな文が書けないのだと思い、二十代の内に灰汁を全て出し切るつもりでいた。ところが、三十二になった今でも、灰汁の少ない正当な人間と関わると、退屈でならない、くだらねぇんだよと思ってしまう。つまりこれは、灰汁ではなく、僕の味として受け入れてもらうより他にない。
灰汁の強い人間、それはそれで可愛い。

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2016年02月01日

変わり者


「変わり者とは、みんなが右回転している中で、左回転している人の事ではなく、回転していない人の事である。」

変わり者は、常にアクション。
REアクションは、ただのあまのじゃく。

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2016年01月18日

もつ鍋居酒屋・熱炎


作品を置かせてもらっている大洲市のもつ鍋居酒屋「熱炎❗️」に、作品と、最新のスーパー陳列BOX(赤いの)追加しましたー^ ^
駐車場広くなってまーす!西からでも東からでも、どっちからでも入り易くなってまーす^ ^

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道の駅・きなはい屋


作品を置かせてもらっている、西予市城川町の道の駅「きなはい屋」に作品追加しましたー^ ^
きなはい屋では、ひと口チーズケーキ包乳菓など、色々売ってまーす^ ^

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オキデン


喜多郡内子町の電気屋さん「オキデン」のmy陳列棚に、新作追加しましたー^ ^
電気の事ならオキデンへ‼︎

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2016年01月06日

minne×赤ジャージの詩人


赤ジャージの詩人・河野広の作品が、日本中のどこからでも購入出来るようになりました!
詳しくは
「AKAJYA-JI164」
または
「minne 赤ジャージの詩人」
で検索をお願いします・・・☆

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2015年12月27日

行ったり来たり


2015 Twitterとfacebookを行ったり来たり。
2065 星の狭間を行ったり来たり。
2115 洞穴と見張り場を行ったり来たり。

我々が追い求めているのは、真実ではない。想像を超える明日だ☆

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2015年11月29日

檻と揺籠


本当の秩序は、表面的に見えている部分ではなくて、もっと内面的な部分だ。

心にもない事を、真面目な顔をして言える奴が常識人だとして扱われて、本心を言い続ける奴が非常識人だとして非難される。
心になくても、まともな事を言えば、退屈な常識人たちが、揺籠に乗せて囲んで守ってくれるから。
心のままを口にすれば、非常識人だと言われて、檻に入れられるから。
だけど、分かってはいる。退屈な常識人たちが作った表面的な秩序のお陰で、檻の中に居ても最低限の生活が出来ている事を。
それから、いつか揺籠の紐が切れたら、檻の鍵を外されて肉体の盾にされる事も。
要は、本当は誰も好き好んで、揺籠に乗っている訳でも、檻に入っている訳でもない。そうする事で、自分自身の弱さを誤魔化しているだけだ。
だから人は、ふと目を伏せた時にだけ、秘めている本当の秩序を通い合わせているんだ。

「幸福になりたければ、素直に受け入れろ。後悔したくなければ、すべてを疑問に思え。」

赤ジャージの詩人
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p.s
エグスプロージョンて、ただの大学生だと思ってたら、俺より年上だったんですね(笑)
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2015年10月14日

海アフロPOST+赤ジャージの詩人・河野広


伊予市双海町にある「海アフロPOST(水・金曜営業)」さんに、赤ジャージの詩人・河野広の作品を置かせて貰ってます^ ^
双海シーサイド公園付近の海岸線にある青い建物が海アフロPOSTです!店内には、海っぽいお洒落グッズと、はずかしめマッシーンと、赤ジャージの詩人の詩などがありまーす^ ^
それから、今なら限定で、5個揃えた人は石になると噂の、スーパーストーンポエムを無料でGET出来るよー‼︎
水曜と金曜は、海アフロへ行こうDAY!

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2015年10月11日

ナチュラロジー


伊予市双海町にある「海アフロPOST」の中村さんの作品にインスピレーションを受けて、石に詩を描いてみました!
描いても洗えばまた描ける!未来のナチュラロジー!
赤ジャージの詩人・河野広が、ナチュラロジー詩人になります⁉︎
でも、まだまだ改良が必要だな・・・☆

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2015年10月08日

Hair'sアン


大洲市大洲のHair'sアンさんに、赤ジャージの詩人・河野広の詩を置かせて貰ってます^ ^
ファンキー(イカした)な姉やんが髪切ってくれまーす(≧∇≦)
髪伸びたらHair'sアンへGO‼︎

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2015年09月14日

もつ鍋居酒屋・熱炎


キムチ焼きそばが、ヤバ美味い!
愛媛県大洲市のもつ鍋居酒屋・熱炎さんの店内に、作品を置かせて貰ってます!
大洲市へ行った際には、是非、熱炎へ^ ^

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2015年02月17日

赤ジャージ・インフォメーション


僕、赤ジャージの詩人・河野広の作品(葉書サイズ)が、以下の場所にて、展示・販売されています(2015.2月現在)!

喜多郡内子町の電器屋さん
「オキデン」
松山市大街道のライブハウスバー
「ヤーマン33」
西予市城川町の道の駅
「きなはい屋」
「クアテルメ宝泉坊」
大洲市東大洲
「もつ鍋居酒屋・熱炎」

これからも、置かせて貰える場所を増やしていく予定です☆

赤ジャージの詩人・河野広

メール
akajyaji7982@gmail.com

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2013年02月26日

赤ジャージ作品展3


このコーナーは、赤ジャージの詩人・河野広の詩について、その詳細を述べるコーナーです。
今回紹介する詩は
「中途半端が、心にわだかまりを残す」
例えば、あなたの過去に、途中で投げ出したままにしている事はないでしょうか。約束したまま放っている事はないでしょうか。中途半端に関係を絶ったままの人は居ないでしょうか。または、言いたかったけど言わなかった事、やりたかったけどやらなかった事はないでしょうか。
もしも心当たりがあるなら、それが今あなたの心の中にある雲=「わだかまり(※心の中につかえているしこり。晴れ晴れしない気持ち。)」です。
とは言え、そんなモノは誰の心の中にだってあるのです。無い方が不自然です。あるのが自然です。でも、出来れば少ない方が、時々ふと思い出して憂鬱な気分になったりしなくて済むでしょう。

しかし、過去は変えられないのです。

ならばこれからを変えるしかないのです。
そこで出来る事は、くよくよ思い出さない事と同じ事を繰り返さない事。
今日から人生を変える。過去の自分と決別する。新しい日々の始まり。新しい自分の始まり。
そう決意したなら、誰も止めたりはしません。誰かに相談したとしても、どうぞご勝手にと言われるでしょう。
だけど変わらない日々=変わろうとしない自分。
明日からでもいいか・今は月末だから来月からにしようか・・そして、明日になったら忘れている・来月になったらもっと忘れている。
だから、変わらないのです。
禁煙・禁酒・その他の禁欲。すべて一緒です。
椅子に座って、よし!と心の中だけで決意した所で、何が変わろうか!
そしてまた、心にわだかまりが一つ増える。の繰り返し。
そんな事を繰り返すくらいなら、決意したその日に仕事を辞めて(辞める場合の報告は必ず一ヶ月前)、家具を全て捨てて、ロウソク一つで畳の上に座って頭を抱えた方が、いくらか未来の自分の為になる変化でしょう。

或いは、そんな大胆な事をしたら、それが人生最大の”わだかまり”になってしまう。とか、友達や身内に心配を掛ける事になる。と考える人の為に、もう少し簡単な方法を書きましょう。
それは、小さな事から変える事です。
例えば↓
ステップ1の例
・使ったペンの蓋を閉める。
・ゴミ箱に向ってゴミを投げて入らなかっても、必ず拾って入れる。
・買い物カゴ及びカートを所定の位置に戻す。
ステップ2の例
・部屋の空気の入れ替え及び掃除。
・食器は食後、またはその日の内に洗う。
・出された食べ物は、出来る限り全部食べる。
ステップ3の例
・借りた物(事)は、どんな小さな物(ささいな事)でも必ず返す。
・時間を守る。遅れる場合は謝罪し、必ずその旨を待っている人に報告する。
・約束を守る。出来ない約束はしない。どうしても出来ない場合は相手に報告をして謝罪する。
などですが、これは飽くまでも例であって、既に出来ている人は他の事で、自分が今出来ていない事を出来る様にする事です。
とにかく、どんな小さな事でも、どうでもいいと思っている事をちゃんとする事です。そうする事で、必ず自分自身が変わり始めます。不思議と、関わる人の顔ぶれも変わってきます。人や物を大切にしたいと思う心が芽生えます。自分を大切に思えます。
言わば、ドミノ倒しの原理です。
蟻がコオロギの背中を押す。コオロギがバッタの背中を押す。バッタが甲虫の背中を押す。・・・兎が亀の背中を押す。亀がお婆ちゃんの背中を押す。お婆ちゃんがあなたの背中を押す。・・・シマウマがバッファローの背中を押す。バッファローがサイの背中を押す。サイが象の背中を押す。・・・
ほんの小さな力が、いつか大きな物を動かす力になる。それと同じく、ほんの小さな変化が、いつか人生を変える。
どんな小さな事でも、今までどうでもいいと思っていた事を、ちゃんとしてみてください。そうすれば必ず、あなたの人生は変わり始めます・・・☆中途半端が.jpg

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2013年02月16日

赤ジャージ作品展4


それでは今回は、赤ジャージ作品展と題しまして、僕の詩の中より一つご紹介したいと思います。
今回紹介する詩は
「肝心なのは力の抜き加減」
と言う詩です。
僕がどの様な時にこの詩を書いたかと言いますと、僕はよく魚釣りをするのですが、ある時釣って来た魚を100均の安い包丁で捌いていた時です。
どうにも刃が身に入っていかなくて難儀していました。挙句、力一杯に押し付けると、魚の身がボロボロになってしまいました。
残念な結果になってしまった一匹目を一旦まな板の隅に置きまして、いざ二匹目を前に、一体どうすれば良いだろうかと考えていた時、ふと思いついて、今度は優しく刃を身にあてがって引いてみると、不思議にすんなり切れました。
その時、これだと思ったのです。
安い包丁であっても、刃の入れ方、力の抜き加減によっては見事に切れる。それに気付かず力を入れてしまうと、身が崩れてしまう。
例えば、完熟トマトを切る時、あなたはどうやって切るだろうか、きゅうりや大根を切る様に、刃を下へ押し付ける様に切っていないだろうか。しかしそれでは、柔らかい物は切れないのである。
まずは刃を垂直に立てて、先端で優しく切り込みを入れる。次に刃を寝かせて、切り込みに沿って優しく手前に引く。そうすれば、どんなに柔らかい物であっても、綺麗に切れるのである。

言わば、馬鹿とハサミは使いようと言う事だ。
例えば、ハサミでナイロンを切る時、たるんだナイロンをいくらジャキジャキやっても切れない。しかし、ナイロンを伸ばして張り、ハサミの根元でゆっくりと切れば簡単に切れる。
それと同じく、普段は邪魔でしょうがない馬鹿が周りに居ても、上手に機嫌を取って味方に付ければ、少しは役に立つと言う事だ。

また「力の抜き加減」とは、包丁やハサミに限った事ではなく、生きて行く上で起こる様々な困難の中でも活用できる。
例えば、服の裾が何かの突起に引っ掛かった時、無理矢理外そうとして力一杯に引っ張ったりしていないだろうか。しかしそんな事をしても簡単には取れないし、服が破れてしまう。良い事なしだ。
そこは腹を立てずに力を抜いて、引っ掛かっている方へ一旦体ごと持って行って外せば簡単に外れる。
それがすなわち物理と言う物であり、人生と言う物だ。
急いでいるのに服の裾が何かの突起に引っ掛かって腹を立てた後日、危うく崖から転落しかけた時に、たまたまそこにあった木の枝に裾が引っ掛かって命拾いするかもしれない。
何事でも、前後をよく考えずにその場の状況だけで腹を立てる人は、愚か者である。

例えば、自分よりも後輩(目下)の人間に横柄な態度を取られた。人に適当に扱われた。などと言って、ただひたすらその相手ばかりを責めていないだろうか。そんな事をしても、益々自分の人としての価値が下がるだけだ。尚良い事なしだ。
はっきり言って、横柄な態度を取られるのは、自分に甘いからだ。適当に扱われるのは、自分がその程度の人間だからだ。すべて原因は自分自身にある。
自分に厳しく、落ち度無く、正しく真っ直ぐに生きている人に対しては、どんな馬鹿な後輩でも横柄な態度を取れない。誰も適当な扱いはしない。その人から溢れ出るオーラを感じるからだ。
そんな人になりたければ、まず自分の言動、行動に責任を持たなければならない。
一挙手一投足。どんな細かな仕草も、気を抜いた瞬間の些細な一言も、日々360度から見られている。そうでない人間がその振りをして誤魔化せる芸ではない。
誰も見ていない一人の時であっても、そうでなければならないと言う事だ。

この世に生まれた事が自分の意思でないとしても、初めて何かに手で触れた瞬間からはすべて自分自身の選択となる。
武士の子に生まれた男は、生まれて間もなく、目の前に鞠と短刀を置かれて、短刀に触れれば武士として育てられ、鞠に触れればその場で切り殺されたと言う。
今日のその状態はすべて、自分自身の選択によって作り上げられた状態である。
誰かの言葉に従うも従わないも自分自身の選択で決めた事。
災いはすべて自分自身の不注意によって起きた事。自分自身の状態を常に把握していれば、災いが起こる前に正しい選択が出来たはずである。
すべては自分自身の選択によって起きている事。他の誰かの責任ではない。

力を抜くも抜かないも、腹を立てる事自体が間違いである。

要するに、どの様な分野に置いても、上手に力を抜く事が出来る人は、必ず大成出来るであろう。
とは言え、開かない瓶の蓋もある・・・☆
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2012年05月05日

2012春の新書体


今回は、赤ジャージの詩人・河野広の、2012春の新書体をお披露目したいと思います。
ブログでは色々な分野の事を書いていますが、僕の本職は詩人なのです。
これまでは、主にインクが無くなった筆ペンで描いていましたが、最近は絵画用の小筆に絵の具を付けて描いています。それにより、文字が太くなり、水の染み具合で色の微妙なコントラストを生み出す事に成功致しました。掲載した三作品がそれらの一部です。
また頑張ろう.jpg自分を守らなくなったら.jpg自分が幸せになりたいって.jpg

どうですか?いい感じでしょう?春の新書体コレクション☆
僕はこの様な作品を葉書に書いて、金曜の夜に松山大街道で売っていますので、興味がありましたら遊びに来てくださいね・・・☆

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2012年03月10日

詩の書き方講座


毎度おなじみ、赤ジャージ先生の詩の書き方講座の時間がやってまいりました。
とか言って今回が第一回目です。
恐らく二回目はもう無いです。

詩の書き方について。書きたいんだけどどうやって書いたらいいか分からないと言う人が沢山いるみたいなので、僕みたいな者が僕なりに詩の書き方のアドバイスをしていきたいと思います。

と言っても、僕は小学校四年生の頃から詩を書いてますから、今更どうやって詩を書くのかって言う事を説明するのは難しい話ですね。

ただ、一つだけ言える事は、あらゆる事に疑問を持つ事です。
僕に限らず、その他の詩人、またはシンガーソングライター、小説家、作曲家、彫刻家などなどが、生活している中で日々感じている事は、それらの職業に携わっていない普通の人と一緒だと思います。
「違うのはその感じ方です。」

例えば、一つのパターンを言えば
誰かに長い間待たされた時、ただ単にそれを怒りに変えて終わらせてしまっては、そこには怒りや不満しか生まれません。
まずは、今自分が待たされている気持ちや、相手が自分を待たせている気持ち、双方の気持ちを考える事です。
次に、自分が今なぜ待たされているのかを考える事です。そこには必ず原因があって理由があります。また同じく、相手が今なぜ自分を待たせているのかを考える事です。そこにも必ず原因があって理由があります。
次には自分自身の過去や今現在の生活環境の中で、自分は誰かを同じように待たせた事はないか、または待たせていないかを考えます。そこに何か思い当たる部分があるなら、それが答えであり、それが詩となるのです。
つまり、世の中とは、体積が一定に保たれた四角い囲いの中にいる自分自身であると言う事。前の一辺を強く押せば、後ろから同じ力で押される。下の一辺を強く踏みつければ、頭の上から同じように踏みつけられる。自分が人に犯した罪は、何れ必ず自分に返ってくる。

要するに、日々起こる出来事に疑問を持ち、それを自分なりに考え、原因と理由を分析して出た答え、それが詩なのです。
また、疑問に思わなくても、それは誰もが無意識に感じている事であるからこそ、詩は人の心に響くのです・・・☆

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2012年02月03日

赤ジャージ作品展5


このコーナーは、赤ジャージの詩人/河野広の詩に対して、作者本人が詳細を述べるコーナーです。
今回紹介する作品は

「あなたの価値を決めるのは、あなたではなく、あなたを想う、あなた以外の誰かです」

つまり・・・

自殺する人って、いつの時代にも居ると思うんですけど、ただその内の半数に近い自殺者は犬死だと僕は言いたい。
自殺してしまう気持ちは分かります。それは僕に限らず、アッケラカンと無駄に生きている奴以外、皆分かると思います。皆その瀬戸際で生きていますから。
ただその中で、同じような状況に置かれて、自殺する人と自殺しない人の差とは何か!?と考えた時。
やはりそれは「我慢」ではないでしょうか。
一昔前に「キレやすい若者」と言う言葉が流行りました。同時に「キレる」と言う言葉を使う人が多くなりました。それをどうやら先にキレた方が勝ちとでも思っている人が多いようですが、とんでもない勘違いですね。勿論、最後までキレずに話を収めた方の勝ちです。
恐らく僕は「キレる=自殺」のパターンが濃厚なのではないかと考える訳です。
キレると言うのは、ただ単に大声を上げて暴れる事ではなく。集中力が途切れるであったり、諦めると言う意味もあると思います。つまりは、冷静さを欠いて、無鉄砲に物事を行う事でしょうか。それはとても危険な事ですね。
最近のニュースなどで耳にする事件の中には、実に短絡的な発想の物が多いです。
「理不尽に誰かに怒られた」
「バレるのが嫌だった」
「もうどうでもよくなった」
などなど。しかしこんな事は犯人だけでなく、世界中の人が感じている事です。
理不尽に怒られたら誰でも腹が立つし、何でも隠し事がバレるのは嫌ですし、どうでもいいと思う事だってあります。確かにそれによってキレそうになる事もありますけど、普通の感覚ではキレません。子供でもない限り、常に先の事を考えるからです。
つまり、最近の事件なんてもんは(昔からあったんでしょうけど)チャンチャラ可笑しい話で、甘えているだけの話。
容疑者の考え方は極めて幼稚で未熟で自己管理が出来ていない。常に誰かのせいにして自分では責任を取れないと言う事。
具体的に言えば、仕事をしている人間が、自分が休めば他の誰かに迷惑が掛かる状態で、体のどこかに不調を感じていながら放っている様な事。
にも関わらず本人の方では、病気になったらこれ幸いとでも思っている場合もあれば。病気になって死ねば連中はさぞ後悔して悲しむだろうとでも思っている場合もあり。または、連中のせいで自分の人生も体もボロボロになり、自分はなんて可哀想な人間だろうと思っている場合もある。
誰かに迷惑を掛ける事になるなんて発想を一切持たない奴がいる。
そう言う甘い考えの奴が普通の事でキレて、無意味に人を殺す訳です。
そして、自殺者の半分もそれに近い発想により自殺するのではないかと僕は考えます。
つまりは、自分が可哀想な人間であると言う発想。自分がおとぎ話の主人公にでもなった気でいる訳です。
それがつまり犬死な訳です。
あの世で冷静さを取り戻した際に「死ぬ程の事でもなかった」と後悔した自殺者がここ数年の内に何人いるでしょう?さてそんな事は誰にも分からない事ですけども。

無意味な殺人と無意味な自殺
この二通りの事件の動機を見比べた時に
「可哀想な自分」
と言う甘っちょろい共通点が必ずあると僕は思いますけどね。

まぁこんな平和で生ぬるい時代に、子供を王様かなんかみたいに可愛がっているアホな親ばっかりで。食べ物にしても、娯楽品にしても、いらん物ばっかりが溢れている訳ですから。そんな世の中で自分が生きている意味を見出せる人の方が極めて少ないのでしょう。

生まれた時、庭先に一本の木があって。ところが年月が過ぎるとそれに雑草が覆い、つるが何重にも巻いて、幹も枝も見えなくなった頃。そこに木があった事をも忘れる人だっている。しかし中にはその木の形をはっきりと、いつになっても頭の中に描ける人がいる。
人生を見つめるとは、つまりそう言う事である。
生きる意味を見出すとはつまりそう言う事である。

そこで今回の詩がどう関係してくるかについてですけど、僕にもよく分かりません。
とりあえず意味はそのまんまで、あなたの価値は自分で決められる物ではありませんと。だから自分の価値に迷った時に、自殺したいやら、人を殺したいやら思った場合、適当な人に「いいですか?」と聞いて、しがみ付いてでも止めてくれる人がいるなら、やめておいた方がよいでしょう・・・☆

あなたの価値を.jpg


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2011年04月27日

赤ジャージ作品展6


実は僕、詩を描いたりもするのです!なのでたまには詩を書きます。
と言う事で始まったこの赤ジャージ作品展。今回はその6回目です。

「人生八十年、いかに誤魔化し通して死ねるかにある・・・。」

僕は、今日までに数多くの嘘をつきました。

また、数多くの人を傷付けもしました。

そして

今日からも尚、数多くの嘘をつく事と思います。
また、数多くの人を傷付ける事と思います。

人を傷付ける事は、良くない事かも知れません。しかし、誰も傷付けずに生きると言う事は、肉の塊を抱えて、サファリパークを歩き回るくらい危険な事だとも思います。しかしそれでも、誰も傷付けたくはないと考えれば、必然的にまた、嘘をつき続けなければなりません。

昔、ある人が言いました「死んで神様と言われるより、生きて馬鹿だねと言われたい」

誰もが、人には言えない罪を懐に抱えて、今日も慰め合って生きている。
鳴呼、この嘘を誤魔化し通して生きるのに、人生八十年はやたらに長い。
「本当の自分を、人は知らない。」
この孤独に耐えて生きるのに、人生八十年は嫌味な程に長い。
しかし、今更どう弁解していいやら分からずに。
これからも、生き恥を晒して参ります・・・。

先日、路上をしていた時に、この詩を読んだ人からこんな指摘を受けました。
「この詩は逆なんじゃないかな?人生八十年、いかに真っ直ぐに生きるか!僕はそう思うけどね!」
だってさ!

確かにそれも正しいと思います。しかし、それは詩ではないのではないかな?芸術ではないのではないかな?と、ただ僕は思っている訳です。
芸術と言うのは、誰しもが口には出さずとも、心の中で密かに思っている事を、当たり障りない形で表現する事だと思います。簡単に言えばですけど!
だから、普通に言える事は、あえて芸術にしなくても普通に言えばいいのです。

裸になれば王様も奴隷も皆同じ人間だと言う事を密かに訴え続けた、ヨーロッパの彫刻家のようにですね。一般の人が口に出して言えない事を、同じく感じている芸術家たちが、その形を変えて代弁する。それが芸術なのです。

人生八十年を真っ直ぐに生きる。それは簡単に出来る事ではありません。人間なんて愚かな生き物ですから、時に間違える事だってあります。
しかし、終わりよければすべて良し。と言う言葉があるように、どこかで間違えてしまったなら、またやり直して修正して、元の軌道に乗ればいいと思います。
それに対して、誤魔化しているだとか、嘘をついているだとか、とやかく言う人も居ないと思います。なぜなら、誰しもが何度か間違えて、誤魔化して、今を生きているからです。

僕も今、たった27年間のこの人生の中ですら、多くの事を誤魔化して、多くの嘘を数多い人についています。そしてそれをそのままにして、涼しい顔をして澄まして生きています。
もしも、本当に本当の事を見破れる超能力者とか、本当に本当の事を見破れるマシーンなどが開発されたら、僕はもう終わりです。この街からもこの世界からも消えます。

だけど、きっと今の技術を用いれば、その程度のものは作れるはずです。人が誤魔化している事、人が嘘をついている事。その本当のトコロを見破れる人は数多くいるはずです。
ではなぜそれが一般に出回らないのか?それは当然、ほとんどの人が、誤魔化し、嘘をついて生きているからです。死ぬまで隠し通したい秘密を胸に秘めているからです。

人間関係にしたって、何にしたって、きっとすべて同じです。
知らない方が良い事がたくさんあります。知ったとしても、ややこしくなる事がたくさんあります。

「これが僕の本当の気持ちだよ」
「これが私の本当の気持ちよ」

そうしてまた、嘘のような本当のような、曖昧な事を、人は心に抱いて生きていくのです・・・。

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赤ジャージの詩人・河野広

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2011年04月12日

赤ジャージ作品展7


実は僕、詩を描いたりもするのです。
と言う訳で始まった、赤ジャージ作品展、今回はその7回目です。

今回紹介する詩は
「問題とするべき所は、自分がそれに遠く及ばないと言う所ではなく、これからの努力次第で、それに近づく事が出来ると言う所・・・。」

この点について、人間を二つのタイプに分けるならば、極めて優れた人を見た時に
「わぁ凄い!絶対自分にはあそこまで出来ない」と考えるタイプと
「わぁ凄い!頑張れば自分もあんな事が出来るんだ」と考えるタイプに分けられるでしょう。

ただこれは別に、どちらのタイプが良くて、どちらのタイプが駄目と言う事ではないが、僕個人の意見としては、後者の方が、血ぃ沸き肉踊るような楽しい人生を体験出来るのではないかと考える。

元々は、さほど差は無いはずです。
生まれて数年の内には、両者ともに二足歩行を始めて、口からモノを言ったに違いないのです。
両者ともに一日は24時間しかなく、両者ともに似た様な五体を有している。
それなのに、片方がズバ抜け、片方が落ちこぼれるのは不思議だ。

おこがましい話―。
人より多少ばかり詩を書ける僕だが、これには何の秘密も不正も無い。自分以外の人の感覚を持った事がないから確実とは言えないが、恐らくは、人と同じ様な物しか見えないし、同じ様な事しか聞こえない。
ただ何か人と違っている所を強いて言えば、世の中に思い出を食べる人が居るなら、僕はお皿に盛り付ける人だろう。
中二から毎日日記を書いている。どんな苦い思い出の品も捨てずに持っている。
また、神経が過敏に働き、極めて小心者だ。
自分の身振り手振り、行動、態度、視線に人が気付いている事に気付き、それに対して人がどう思ったかを暫く考える。
自分がその場を去った後、そこに残った人たちが自分にどんな批評をしたかを暫く考える。
自分が今その中でどの位置に居て、誰が自分をどう思っているのかを常に考える。

将軍、豊臣秀吉は、今で言うIQ将軍だ。
数多い家来の中より、小心者で周りの事を気にする者を集め、スパイとして自陣の隊列へ送り込み、その状態を観察させ逐一報告させた―。
もしも僕が豊臣の家来であれば、間違いなくその御役目を任せられたに違いない。
要するに、僕のこの176センチの体と、教室一つ分程度の神経網は、スパイダーネットの役割を果たし、毎日そこにかかるモノを吟味している訳だ。
しかし前にも言った通り、そこに秘密や不正は微塵も無い。誰もが意識と無意識の内に感じては忘れてしまう事を、僕はケチケチと集めては詩にしている訳です。

だからきっとこうだ、どうせ無駄な一日を、無駄な事に費やせる人が、結果的に何かを成せるのだろう。イチローが素振りをしている時、友達は遊び「あいつは付き合いが悪い、変わり者だ」と馬鹿にしたが、今では「イチローは自分のクラスメイトだ」と自慢している。
つまり、潔(いさぎよ)い人になれるかなれないかが、大きな分かれ道だ。
それをやり抜く為に、その他の事を捨てられるか捨てられないかだろう。
そこに差が生まれる。

しかし、これはとても難しい話だ。
なぜなら、これをやり遂げる事自体も難しいが、折角やり遂げるだけのパワーを持っていても、一生を掛けてまでやり抜きたいと思えるモノに出会えなければ、意味が無い。

世界人口63億人。しかしその中で、理想の自分に限り無く近付けるのはたったの1割。
つまり何人・・・?残念ながら分かりまへん。
例えばこの確率をこう例えよう!
米俵の中に、赤い米粒が十粒入っている。その内一粒を目を閉じた状態でつまめ。不可能ではない。実際につまんだ人間は居る。

名刑事、古畑任三郎は言いました。
「明日死ぬとしても、やり直してはいけないと誰が決めたんですか」

問題とするべき所は、努力次第で自分もそこにたどり着けると言う所。
まずはそう思わなければ、何も始まりません・・・☆

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赤ジャージの詩人・河野広
posted by 河野 広 at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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